最近、台湾に東京から移住した、取引上の知人N氏とスカイプで連絡を取り合っている。パソコンを通しての無料電話システムであるので、ついついあれこれゆっくりと、話し込
んでしまいがちなのは問題であるが、個人的な話にも及んで親密感が増す。
 
 余輩と同世代のN氏は、これから3年間、夜間の学校で台湾語を勉強すると語っておりその奥さんの国に融けこもうとする老いてなおの心情には頭が下がる。
 週明けには、日中翻訳センターに翻訳を依頼して、制作した台湾語(繁体字)の商品パンフもやっと印刷アップするので、国際宅配便で送ることができる。
 
 ところで台北に業界の調査に行ったときのこと、晩餐ということで小さい大衆料理店に日本側7人と、現総統府の要人、日本で働いたことのある通訳の年配者、女性の台湾側3人が円卓を取り囲んでいると、見知らぬ台湾人4人が次々円卓に加わってきた。
 歓迎の乾杯をしてくれてしばらくして、そのうちの2人が東大出身の弁護士と我々と同業の社長。あとの2人は正体がよく分からないが、我々のビジネスとはあまり関係なさそ
うな30代ほどのノーネクタイの男。
 ともかく、台湾に進出のおりには、みんな役立つ人間だというふれ込みで、鍋を囲んで老酒など飲んでいるうちに座も打ち解けていった。

 やがて日本側と台湾側との乾杯の応酬が続き、当方の1人だけが負けずと応じていたので、余輩も一役買おうと杯を出したところで、余輩が倒れるのを心配してであろう、とっさ
に当社の社長が止めた。
 後で台湾通に聞いたところによれば、昔から酒の強い仲間を宴会に呼び寄せて、酒戦を繰り広げ、相手客を酔い倒して、商談を有利に済ませるのが慣わしだとか。
 その刺客が、仕事と関係のない、どこの馬の骨であってもかまわないようだ。最近の若い世代は合理的な対応が中心となり、この風習も廃れつつあるとのことである。
 
 なお、場所を移して、クラブでカラオケを楽しんだが、結局、ホステスと馴れ馴れしかった常連客の弁護士が、しぶしぶの様子で支払いを全部もった。
 このような場を経て互いに信頼関係を築けるのはいいが、酒宴担当の応援員がいないと、翌日の仕事はもたないのでは、と思った次第。
 
 そして、帰国してからホームページで確認したところ、先の同業者社長が経営する会社は順大手であり、写真入で社長挨拶が掲載されていたのには驚いた。一見おとなしそうで実はかなりのやり手と、呉越同舟であったことになる。 
               (2005年8月24日)
 

 
 
 
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