今を盛りの花菖蒲を廻る清遊がてら、堤に上がれば 明日への夢を乗せた植樹の桜のか細さに感動した。
 
 ところが、その直後、淀川堤防上の慰霊碑を目にして大きなショックを受けることになろうとは。
 昭和20年6月7日の大阪大空襲によって市内いたるところに身元不明の遺体が多数放置されていたが、市民奉仕でここ城北公園裏の淀川の堤に集められた千数百体の遺体が荼毘に付された。これら被災者を慰霊した「千人づか」が河を見下ろして建っていたのである。
 淀川の方に逃げ惑う市民を米機はさらに機銃掃射をして、一層被害者が増えたそうで、この荼毘に3日3晩を要したというから悲惨だ。この空襲の日と同じ日に、千人つかに出会い、黙祷したことになり、その偶然性に驚いている。
 
 今年は戦後60年にもなるが、この塚を拝すると、まるで昨日の出来事のようにも過去の悲惨さが脳裏に甦った。終戦を直前にしながら、家族共々被害に遭って、無縁仏となった人が少なくなかったのだ。
 これら多くの犠牲の上に成り立っている今日であることを、陳腐な表現であはあるが、あらためて肝に銘じたい。                     (2005年6月9日)
 
 今朝の新聞によると、朝鮮戦争で戦死した米兵の葬儀が故郷のインディアナ州で行なわれたという。
  当時19歳だったローウェル一等兵は、中国の義勇軍に包囲されて亡くなっていた。
 北朝鮮で回収された遺骨が、DNA鑑定で本人と確認された結果だ。7つ年下の妹が鑑定に協力しており、生きておれば兄は74歳になっていた。星条旗にくるまれた棺は馬にひかれて、「アメージング・グレース」の流れる中参列者に見送られて墓地へと運ばれた。
 なんということだ。55年の歳月を経てなお、国がこれほどの執念で一兵士の遺骨を探査して、丁重に葬る、その精神性は戦争の良否を超えて、崇高だと思う。死んでなお、兵士を守り、肉親に返す、そして国をあげて国に奉げた命を尊ぶのである。

 日本も終戦60年というひとつの区切りを迎える。300万人以上の軍人、民間人が犠牲となっているが、その一つ一つの尊い柱の上に今の日本が築かれているという思いをもつことの大切さをあらためて余輩は感じた。
                (2005年7月20日)
 
 
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