確定申告の提出を終えて、そうだ、伊丹に行こう!と思い立った。
 春とはいえ名ばかり、ひとり駅に降り立って、帽子とマスクで耳と鼻を隠し、オーバーの襟を立てて歩く。まず、立ち寄ったのが「白雪」の醸造元、小西酒造の本社。
 白壁風の壁面をもつ5階建てのビルである。玄関を入ると、創業450年との幟が飛び込む。酒が一通り陳列されているなかで、ペルシャの工芸の影響を受けたという鳥の口ばしをあしらった輪島塗王朝草花蒔絵漆胡瓶 (超特撰大吟醸600ml入り100万円)が目を惹く。ほかに輪島塗蒔絵の酒が4種類あり、いずれも100万円。
 また、「江戸元禄の酒」という復刻酒が発売されている。濃醇甘口で、アルコール分17度以上、720ml徳利型瓶入り。お湯割りや水割りでも美味しいらしい。これは一度買って飲んでみたい。
 応接フロアには、「白雪」と頼山陽が揮毫したケヤキ1枚板の看板が掲げてあり、圧巻。

 正午に、小西酒造が経営するブルワリービレッジ長寿蔵で、爽やかな飲み口の白雪・地ビール「ブロンド」(480円)を飲みながら、蒸し鶏の梅肉、マヨネーズ和えと称すランチ(980円)を食す。
 炭と漆喰を塗った柱と梁で組み上げた吹き抜け空間が、造り酒屋の和風感を醸しているが、テーブルや装飾、メニューはビヤレストランの感覚である。 隣では50名ほどの団体が会食していたが、ほとんどが70歳を越す女性である。ワインで乾杯!まさに老人力だ。

 2階にある酒造りの展示場を見て、酒の図書コーナーで、しばし、酒の詩歌句に関する情報を収録する。今まで知らなかった芭蕉、其角などの酒を詠った俳句、および川柳、萩原朔太郎の酒場の詩を見つけた。

 3時に、国の重要文化財である旧岡田家酒蔵に足を運ぶ。築330年である。江戸時代に圧倒的な人気を得た伊丹の澄み酒造りの歴史を物語る天井の高い堂々たる建造物である。 猪名川を小船で下り、大阪で大きな廻船に積み替えねばならないために、海岸の西宮郷に主権を奪われ、現在は白雪と大手柄のみが伊丹に残っている。

 熱心な案内人の話を聴いて、隣接する「柿衛文庫」に移動。当地の生んだ元禄の俳人・鬼貫の記念館であり、俳句の文献量に関しては日本で有数と言われるように、書庫にギッシリ本や同人誌が詰まっている。ここに来れば俳句の研究を堪能できそうだが、余輩はそこまでの専門家ではない。
 さて、その鬼貫は当地の造り酒屋の三男に生まれており、東の芭蕉、西の鬼貫と言われたほど、元禄時代における俳諧の巨匠であった。
 ところが、彼の作品について当文庫で調べたところ、酒について詠っている句は2つしかないのだ。

   賤の女や 袋あらひの 水の色(汁)
   いざさらば どぶろくのふで 千鳥きこ

 前句は、冬場、酒を絞った後の袋を川の水の色が白くなるほど何度も洗う貧しい女性の情景を詠ったものだ。
 さて、酒どころにあり、酒屋の出自でありながら、酒句を詠むのをひかえたのはなぜなんだろう? この文庫の担当者に尋ねてみたが、理由は分からないという。             (2005年3月1日)
 
 
 
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