吉井勇氏は、若山牧水と同時代に活躍した歌人であるが、二人とも「酒は詩を釣る、色を釣る」の格言のごとく、酒が歌を呼び起こし、女への想いを募らせつつ生涯を終えたのである。
 そもそも吉井勇氏の歌を詳しく知りたくなったのは、手作りで「酒の詩歌句集」を立ち上げつつあったときに、古い酒の本に酒を詠った吉井勇の短歌が紹介されているのを読んでからだ。そこで、『酒ほがひ』という訳のよく解らない歌集を氏が発表していることも知った。

 まずは、大規模書店ジュンク堂のコンピューターで同氏の書がどこの出版社から発刊されているのか調べてもらったところ、岩波文庫で『吉井勇歌集』が発刊されていたが、現在は絶版とのことであった。
 早速、いつものことなんだが、大阪の梅田にある河童横丁と駅前第四ビル地下の古本屋街で、その本を探し歩いてみたが見当たない。 

 別の日に、天神橋筋の日本一長いという商店街に出向き、6丁目から1丁目までおよそ10軒ある古本屋を1時間ほどかけて覗いてみた。やっとある店にハードカバーでケースに入った分厚い『酒ほがひ』という書を見つけた。ところが、値段が2,500円もするじゃないか。日頃から所持金の乏しい余輩にはそんな大枚とてもはたけない。

 或る日、人に逢うために神戸に行ったときのこと。三宮センター街をゆったりした気分で歩いると、かなり老舗っぽい古本屋を見かけた。店内を一廻りしたところで、2階に文庫本を陳列していることが分り、上ったところ客は誰もおらず、一目で岩波文庫本と判る書棚に近づき順次、目を凝らして移動させたところ、なんということか、少し色褪せて薄汚い、それほど分厚くない本の背文字『酒ほがひ』が飛び込んできた。“あった!”と小さく叫んで、手にとりぺらぺら見てみると酒の文字があちこちに出ている。
 
 これはすごい!酒の短歌で溢れている、サイトに紹介できる詩歌をまた発見したぞと、胸が高鳴り、裏に記された売値をみると350円(定価は200円)である。それにしても、この本は何年ぶりに日の目をみたのだろうか?ひょっとして、何十年もだれにもこの書は開かれることなく、棚に押し込められていたのかも知れない。吉井勇さん自体がほこりにまみれていたかのように。
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