四人の歌人にまつわる逮捕、入獄の様をまとめました。私自身、学生の頃酩酊して補導された苦い経験がありますが、偉大なる歌人においてはその悲運に大いなる衝撃を受けたものと拝察されます。そして、人生観や詩風に影響を与えたのでしょう。

●種田山頭火
 大正8年(1919年)四月。春とはいえ花冷えのする朝。炭坑の町・福岡県大牟田の医師、木村好栄は勤務先の病院から警察へ駆けつけた。突然入った連絡によれば、「昨晩、種田という行商の男を無銭飲食のかどで拘留した。その身元引き受けをお願いしたい」というもの。さらに大正12年9月1日、関東大震災の混乱のなかで山頭火も焼けだされ、避難中、社会主義者と疑われて憲兵に拉致される。巣鴨刑務所に拘置されたが、厳しい尋問ののちに釈放。

●中原中也
 酒には弱かった中原だが、飲むと仲間をののしるなど乱心する性癖があり、大岡昇平などは殴られている。そのような事態を避けるために、中原が酔うと仲間は彼を置き去りにしてしまうことになり、それが彼の孤独感をさらに強めたという。
 中原が渋谷署に留置されたのは、同棲していた長谷川泰子に逃げられ、おまけに?渋谷駅近くの西洋料理屋の女給から求愛を断られてからのことである。富ヶ谷の下宿へ文士仲間と帰る途中、酔っぱらった中原が町会議員の家の軒灯に石を投げた。跡をつけた議員が交番の前で告発したのである。教師であった仲間二人はすぐ許されたが、中原は不審な点が目立ったようで、取り調べもなく20日ほど留置された。
 それとは知らない仲間は、郷里へでも帰っているのだろうと、真剣に中原のことを心配しなかったそうだ。留置された前後に発表した詩が「神よ私を御憐み下さい!」である。
 参考:大岡昇平『中原中也』(角川文庫)、山本祥一朗『作家と酒』(大陸書房)

●北原白秋
 福岡県柳川の造り酒屋に生まれた白秋は大酒家であった。詩、短歌、童謡、俳句と多才な歌人として人気を博し、民謡も作詞したりしては旅行をしていた頃、各地で連日連夜の酒宴の歓迎を受け、白秋は夜明けまで悠々と飲み続けていたという。
 また、吉井勇、高村光太郎、木下杢太郎などの文士や画家と、バッカスを祭ると称して明治41年に「パンの会」をつくって酒盃をあげることがあったが、白秋は彼自身の詩「空に真赤な雲の色、玻璃に真赤な酒の色」を大声で歌っては泥酔に至ったという。
 詩集「思い出」の刊行で、白秋が一躍有名歌人に仲間入りした25歳の時(明治44年)、原宿で隣家の人妻と垣根越しに親しく会話するうちに恋に落ち、その夫から姦通罪で告訴され市谷刑務所に未決囚として2週間収監されて、人生の苦渋を味わっている。俊子は上背のある魅惑的な美人で、白秋よりも3歳年下の22歳であり、各紙が書き立てるスキャンダル事件となったのである。
 白秋は獄中と2週間繋がれた監獄を仮釈放されてから以下の歌を詠んでいる。
  かなしきは人間のみち牢獄(ひとや)みち 馬車の軋みてゆく小石道
  しみじみと涙して入る君と我 監獄(ひとや)の庭の瓜紅(つまぐれ)の花
  監獄(ひとや)いでてじっと震えて噛む林檎 林檎さくさく身に染みわたる
 
 白秋は後に出獄した俊子と正式に結婚して三浦三崎に移り住んだが、俊子は結核にかかってしまい、貧乏生活に堕して離婚することになる。なお、この地で彼は名曲
「城ヶ島の雨」を作詞している。
 参考:篠原文雄『日本酒仙伝』(読売新聞社)

●サトウハチロー
 「ちいさい秋みつけた」「リンゴの歌」「長崎の鐘」「もしも月給が上がったら」「うちの女房にゃ髭がある」などの童謡や歌謡曲の作詩者、そして数々の“お母さんの詩”などの詩人として知られます。
 ところが、ハチローは浅草一の不良少年であった。落第3回、転校8回と勘当を17回も繰り返し、詩人になってからも留置場に何度も入れられる始末で、山手線内の留置場はほとんど経験したそうだ。
 このようなハチローの放蕩・蛮行と詩情とは、整合しそうにはみえないが、抑えきれない本能的欲情行動、それを浄化するかのごとき無邪気な童心の詩が併存しているのである。なにか山頭火に通じるものがあると思う。
参考: 玉川しんめい『 ぼくは浅草の不良少年―実録サトウ・ハチロー伝』(作品社)
                          (2005年8月30日)
 
 
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