井上光晴「地 酒」
井上光晴の作品から、土着の村人の悲哀を酒に託した「地酒」2編と「海が荒れると」を紹介します。
由 無
参考:『酔っぱらい読本・肆』(講談社)
誰がこの地酒の深い
愁いをしるか
私と女は小鹿田焼の徳利で
四本のんだ
古ぬくい徳利の底を
黙って抱いていると
小指のつまさきから
じっとりと女の悲しみがつたわってくる
地酒こんこん
地酒は透きとおる九重の涙
地酒 1
井上光晴
1926(大正15)年旅順生れ。共産党入党も除名される。
代表作は『ガダルカナル戦詩集』『地の群れ』『心優しき反逆者たち』など。
故郷ともいうべき佐世保で文学養成所を開設した。
地酒 2
川底村は沈んでいく
荒れはてた田んぼ河原よ
半片の谷底月よ
水害で全滅した村よ
女の恋した若者よ
九重の天で星となれ
私は二合半の地酒で
意味もないことを想い
吊れかかった吊橋の下で
しみじみと酔っぱらって
呟くのである
川底村は沈んでいく
海が荒れると
海が荒れると
部落の軒が三寸さがる
女たちは
背中に布こんぶ巻いて
芋焼酎買いに走る
芋焼酎三合で布こんぶもう一枚
叩かれても蹴られても
じっとがまんする
海が荒れると
男たちはみんな鬼になり
アゴ場の女たちは
みんなむしになる