吟醸抄 
林芙美子酔いしれ詩
 「私は宿命的な放浪者である。私は古里を持たない…」と書き出す出世作『放浪記』には、第一次大戦後の暗い東京で飢えと忍従の逆境にあえぎながらも、したたかに生き抜く芙美子自身が描かれているようです。
 下足番、露天商、女工、売子、カフエの女給など職を転々し、新劇俳優、アナキスト詩人らとの恋の遍歴もありました。そんな、芙美子は酒を飲んで苦労の慰みにしていたことが、彼女の讃酒の詩「命の酒」に伺えます。
 「酔いどれ女」という詩には、故郷尾道の裕福なお嬢さんに対する負けん気があからさまに詠われています。             由 無
     参考:『林芙美子詩集』(現代詩文庫)
鉄くずのようにさびた木の葉が
ハラハラ散ってゆくと
街路樹は林立した帆柱のように
毎日毎日風の唄だ。

紫の羽織に黒いボアのうつるお嬢さん!
私はその羽織や肩掛けに熱い思いをするのです。
美しい女
美しい街
お腹はこんなにからっぽなんです。
私も不思議でならない
働いても働いても御飯の食えない私と
美しい秋の服装と…

たっぷり栄養をふくんだ貴女の
頬っぺたのはり具合
貴女と私の間は何百里もあるんでしょうかね…

つまらなくて男を盗んだのです
そしてお酒に溺れたんですが
世間様は皆して

地べたへ叩きつけて
この私をふみたくってしまうのです。
お嬢さん!
ますます貴女はお美しくサンザンとしています。

ああこの寂しい酔いどれ女は
血の涙でも流さねば狂人になってしまう
チクオンキの中にはいって
吐鳴りたくっても
冷たくて月のある夜は恥ずかしい

嘲笑したヨワミソの男や女たちよ!
この酔いどれ女の棺桶でもかつがして
林立した街の帆柱の下を
スットトン
スットトンでにぎわせてあげましょう。
「酔いどれ女」
秋は淋しくも酔いしれる
強く! 甘く!
琥珀の色に輝く酒
酒は淋しき人の命
悩める者の慰め
命の酒!
淋しからずや運命
呪わしき運命よ
命の酒よ
芳醇な命の酒に
我は酔いしれて
しびれるまで
創作句集 
酒の詩歌句集目次
   林芙美子
1903年(明治36年)山口県下関市生まれ。行商の両親について各地を転々としたため、小学校を十数回も転校。
 昭和3年刊行の『放浪記』がベストセラーとなり、『浮雲』などの小説多数を著す。1951年 (昭和26年)『めし』を朝日新聞に連載中に47歳で急逝。

 

  
「命の酒」
俳句 淀風庵
島崎藤村の酔歌
あゝ孤愁の酒場詩
白秋の浪漫酒詩
智恵子抄より「梅酒」
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三好達治・丸山薫酒詩
吉野弘・酒痴の詩
サトウハチロー酒詩
黒田三郎ビヤホールで
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林芙美子酔いしれ詩
戦地別れの酒詩
雨ニモマケズ望酒詩
井上光晴「地酒」詩