火野葦平「ビールの歌」
火野葦平といえば、戦中戦後に活躍した作家である。自ら中国へ出征した体験にもとづく『麦と兵隊』や故郷若松港を舞台にした『花と龍』が代表作です。
稀代のビーラー(ビール愛飲徒)として文壇の横綱を張り、河童の絵を好んで書いた火野は、酒飲みを「酒童」(しゅっぱ)と命名し、自らと飲み仲間あるいは黒田武士など歴史上の人物や海外での体験を『酒童伝』というエッセーに嬉々飄々と記しています。「ビールの歌」はこの書で紹介されているが、短冊に一気に書きなぐったそうです。 由 無
参考:『酒童伝』(カッパ・ブックス)
ビールこそよろしきものか白き泡
かみつつあれば世界はいらず
エジプトのナイルのほとりピラミッド
築ける昔ビール生まれぬ
コボコボと鳴れるビールのこの音に
我一生をあやまると知る
ビールびん百ダースほどならべおき
将軍のごと閲兵をする
さびしくはビールの樽の人となり
赤い夕日の坂をころげん
生き生きてビールのびんのレッテルの
天然色の春に逢いけり
君がためあれを作ると友どちは
ホップ畑をわれに示しぬ
栓ぬきは要らずとびんを二つとり
河童抜きして栓ぬき屋を泣かす
ビールと共に派や三十年は経ちにけり
女房と別れてもビールとは別れず
ビール飲めば喧嘩の種の二つあり
論ずべからず女と平和
この苦さなににたとえんビールこそ
古ぼけ恋の消えぬ味かも
わが友のビールびんの九分ほどは
税金なりと知れば悲しき
小説を書く苦しみを慰むは
女房にあらずビール一杯
水の香に水を恋い行くホタルのごと
ビールのにおいに引かれ行くかも
ビールの歌
火野葦平
1907年〜1960年。福岡県の現北九州市若松区生まれ。早稲田大学英文科中退。『糞尿譚』で芥川賞を受賞、その後の『麦と兵隊』は大きな評判をよび、『土と兵隊』、『花と兵隊』とあわせた「兵隊3部作」は300万部を超えるベストセラーとなった。自伝的長編『花と竜』も人気作品。
一升徳利(火野の同郷の詩人・大淵絢一作)
踊れば悲しい奴が来る。
笑えば怒った奴が来る。
こだまとこだまとこだまと
ひびきあう酒のチャンポンチャンポン。
天国の尻に穴をあけろ。
地獄は酒の暴風雨だ。
血の池の亡者たちの笑顔に、
灘の生一本の徳利がとんで来る。
その傷痕の血のカクテール、
三途の川も冷酒で飲め。
亡者が死んだらどこへ行くか。
笑え。泣け。怒れ。
酒の美しさと恐ろしさのために。