吟醸抄 
富士正晴の酒遊詩
 詩人、作家、評論家である富士正晴は、大阪郊外(茨木市)の農家に住みながら司馬遼太郎や桑原武夫等と親しく交わっています。文人画家でもあり、その作品について「古拙、奔放、愛嬌あって甘くない」(桑原武夫)、「童心を失わない明るくて清らかで、ひょうひょうとした…」(瀬戸内寂聴)、「無邪気な遊び心、お茶目心がおさえきれなくほとばしった」(田辺聖子)、「絵は温か。ユーモアがある。そして鋭く刺すのである」(水上勉)といった評のように愛すべき存在でありました。
 昭和48年に『酒の詩集』を編纂されていますが、氏自身の酒の詩12編も添えられており、それらは読めば読むほど味があり、飄々とした面白味が醸し出されています。                由 無
    参考:富士正晴編著『酒の詩集』(カッパブックス)
 
 
 ものうい酒
つるべ落としの秋の日の
とっぽり暮れる闇の中
乏しい灯を身のそばに
乏しい肴まえにおき
ひとり酒つぐ楽しさは
ものういことの楽しさで
しみじみ酒はめぐりゆき
肘をまくらにごろ寝して
寝ながら酒をのんでいる

 勇み酒
酒に対って歌わん!
えいや えいや えい ほう ほう
酒に対って歌わん!
えいや えいや えい ほう ほう

どうせやるなら でっかいことよ
まあ 飲みな 元気だせ
どうせやるなら でっかいことよ
おれらはやれるぜ やれますぜ

 狂い酒
狂い酒ある 悲しさは
これぞ この世の歪みなり
この世は歪む いつの世も
狂い酒のむその人は
世々の鏡か 天才か
あるいは この世の救世主
崇敬こめて 眺めるが
狂い酒飲む 悲しさの
姿みるのは 辛いもの

 やけ酒
やけ酒 やけた
何やけた 心がやけた 大火事だ
それ消せよ
水では駄目だ 酒で消せ
小さい盃では駄目だ
コップでグッとやれ グッとやれ
溜息まじりにグッとやれ
 楽しむ酒
とにかく酒がうまいんじゃ
飲めば酒奴も喜ぶぞ
とにかく互いに気が合うて
一杯 一杯 また一杯
そろそろ天にも昇るよう
女もキレイに見えて来た


 悲しむ酒
この世はなあ 憂き世と申す
憂き世なら つらくてのう
時には悲しく酒をのむ
つらくてのう 酒にがや

酒にがや にがければ飲む
悲しやな 悲しくあれば尚に飲む
忘れ果てんと飲む酒か 悲しやのう
おのれが性の拙さか


 恋うる酒
恋しやのう
もの恋しさのこの酒は
恋しやのう
人恋しいか 人恋しいぞ
酒恋しいか 酒恋しいぞ
ついでにうまい肴も恋しいぞ
明るい灯 恋しいぞ
巷のざわめき 恋しいぞ
恋しやのう お前さまが尚こいし


 愁いの酒
哀愁ここに極まりなく
悲愁は身に添いて永遠なり
愁いは酒の面に浮び
愁いは酒の味に浸めり
愁いを散ぜんと酒を飲み
酒とともに愁いを飲む
創作句集 
酒の詩歌句集目次
   富士正晴 
大正2年(1923年)徳島生まれ。旧制三高中退、戦中軍役に就く。詩人、作家、評論家として大阪で活躍。『中国の隠者』『パロディ精神』『西行』『桂春団治』『高浜虚子』『西鶴名作集』など著し、昭和62年(1987年)死去。
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