ヴァレリィ&アポリネール酒詩
20世紀初頭にフランスで活躍したヴァレリィとアポリネールの酒詩を一編ずつ紹介します。
ヴァレリィの「失われた美酒」は旅の海で酩酊して虚無に葡萄酒を捧げるとい象徴詩であり、一方、アポリネールの「ラインの夜」は酩酊して月世界に舞う美女に想いを寄せる?幻想的な詩です。
由 無
参考:堀口大學訳『アポリネール詩集』(新潮文庫)
渡辺一夫・鈴木力衛『フランス文学案内』
ギョーム・アポリネール
1880〜1918年、ポーランド人を両親にローマに生まれ、まもなく仏へ移住。33歳に発表した「ミラボー橋」を含む詩集『アルコール』は大胆で変化に富む表現形式で有名。38歳時に発表した『カリグラム』は現代詩の流れのきっかけとなる。
Paul Valery,Guillaume Apollinaire
一と日われ海を旅して
(いづこの空の下なりけん、今は覚えず)
美酒少し海へ流しね
「虚無」に捧ぐる供物にと。
おお酒よ、誰か汝が消失を欲したる?
或るはわれ易占に従ひいたるか?
或るはまた酒流しつつ血を思ふ
わが胸の秘密のためにせしなるか?
つかのまは薔薇いろの煙たちしが
たちまちに常の如すきとほり
清らかに海はのこりぬ……。
この酒を空しと云うや? ……彼は酔ひたり!
われは見き 潮風のうちにさかまく
いと深きものの姿を!
ヴァレリィ「失はれた美酒」 (堀口大学訳)
アポリネール「ラインの夜」 (堀口大学訳)
僕の杯は炎にようにわななく葡萄酒でいっぱいだ
足につくほど長いみどりの髪をくしけずる
七人の美人を月の中に見た
一人の舟子が歌いだすゆるやかな節を聴きたまえ
あの舟子の歌が僕に聞こえなくするためだ
立って輪になって踊りながらもっと声高く歌いたまえ
そして僕のそばへ連れてきてくれ 髪を編んで巻きつけた
ブロンドの娘たちをを一人残さずに
ライン河 ライン河は酔っている 葡萄畑を映して
夜の星かげは金色にわなないて降ってきてそこに映ってる
あの声は瀕死の人の残喘(ざんぜん)のようにいつまでも歌いつづける
夏を呪禁う(まじなう)緑髪のあの妖精たちの上を
僕の杯は砕け散った 哄笑のように
ポール・ヴァレリィ
1871〜1945年、マラルメの弟子として象徴主義の風土に育ち、46歳で長詞『若きパルク』、51歳に『魅惑』を発表して詩人としての地歩を確保。