ジョージ・バイロンは出自が英国の貴族ですが、放蕩の父を幼くして亡くし、貧しい母子家庭で育ち、生まれながら脚に障害があり、傲慢で暗い性格をもつ、しかし美貌の持ち主でありました。地中海諸国を旅して詠ったロマンあふれる叙事詩で一躍有名になり、恋や悩みを詠った抒情詩などは19世紀初めに人々を熱狂させました。
しかし、好事魔多し? 女性との数々の醜聞、政治への過激な関わりで国を捨てざるをえなくなったのです。ここに紹介します「いざ杯を満たせ」は大学卒業前後の放逸な青春の中で詠まれた酒への讃歌です。「酒こそ誠深き友」「真実こそ盃のうちにあり」…、よくぞ、ここまで讃えてくれたものですね。与謝野鉄幹の『人を恋ふる歌』にはバイロンが詠い込まれていますが、詩の趣が異なりますね。 由 無
参考:阿部知二訳『バイロン詩集』
バイロン・杯を満たせ!
いざ杯を満たせ
いざ満たせ大盃を、かく深く心の底に
歓びの、燃え立つは、いまぞはじめて
いざ飲まん、――誰か拒まん、――人の世の
うつろうなかに、欺かぬはただ盃のみ。
***
若かりし日に、こころ春のごとく
夢みぬ、愛こそは、永久に飛び去らじと
友もありぬ――誰かなからん――されど今は言わん
紅の酒よ! 汝ほどに、誠深き友はあらずと。
女ごころの、わかき男を、離れゆき
友の情の、日陰のごとく変わるとも、汝はかわらず
年古りて輝く、――なにか輝かざらん――されどこの世に
汝のごと、日とともに、尊きものはあらず。
***
青春の日も、その傲慢も、去りゆかば
やがてわれら、ひたすらに大盃にいそぐ
われらそこに見ぬ――誰か見ざらん――魂はほとばしり
古の、そのままに、真実こそ、盃のうちにあり。
葡萄を讃えよ! 夏の過ぎゆけば
わが美酒は老いゆきて、わが齢をたのしましむ
われらも死にゆかば――誰か死なざらん――罪よ赦されよ
天国の、青春女神よ、つねにいそがしくあれ。
ジョージ・バイロン
1788〜1824年。ロンドン生まれで、青年貴族にしてロマン派の詩人。ケンブリッジ大学を卒業後に心のはけ口を求めて旅した地中海地方を詠った叙事詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』が人気を博す。その後、欧州大陸へ逃れ、ギリシャの独立運動に参加し、36歳で客死。
Fill the Goblet again(1809)
汲めや美酒(うまざけ) うたひめに
乙女の知らぬ 意気地(いきじ)あり
簿記の筆とる 若者に
まことの男 君を見る
ああわれダンテの 奇才なく
バイロン、ハイネの 熱なきも
石を抱( いだ)きて 野にうたう
芭蕉のさびを よろこばず
人を恋ふる歌(三高寮歌) 作詞:与謝野鉄幹
George Gordon Byron