夕方の五時
八日この方、石ころ道を、歩きつづけた僕の靴
すっかり破れてしまってた。シャルルロワへといま着いた。
「居酒屋みどり」で僕は先ず
バタパンとハムを頼んだ、ハムはどうやら冷えていた。
久々で僕は楽々、両脚を、卓の下にのばしたり、
壁紙の暢気な模様を眺めたり。
そこへあの目もと涼しく乳房のやけにでっかい別嬪が
出て来たのだからすばらしい、
――こいつ接吻位ではビクともしない剛の者!――
にこにこしながら、注文のバタパンと冷えかけのハムとを載せた
はでな絵皿を持ってきた、
刺すような大蒜(にんにく)の匂いまでする桃色と白のハム
それさえあるに念入りに、彼女はビールまで注いだ、
大ジョッキ、夕日を受けて金色に泡の立つこと。
床屋の手にある天使もさながら、僕はどっかり腰据えている、
厚々とした丸溝のビールのコップを手に握り、
下腹と頚反らし、パイプを口に、
それと知れない帆木綿の大そう陰気な空の下。
・・・
「夢」の数々ていねいに嚥み込んだ頃ともなれば
三四十杯ビールが空になったので、僕はよろめき立ち上り、
さて放尿の段とりの思案に及び、
木草の中に立ち給う主なるおん神さながら心和んで、
遠々と高々と天へと向けて放尿なす
――ぶうと一発、ヘリオトロープの協賛あって。
ランボー居酒詩
アルチュール・ランボー(Arthur Rimbaud)は、19世紀後半に(日本でいえば明治時代初頭)フランスで彗星のように突如現れて去っていった天才詩人でした。彼の作品は16歳から20歳の時代に書いた約50篇の韻文詩と、散文詩集『地獄の一季節』『飾り絵』のみです。
といいますのも、詩人・ヴェルレーヌと同棲しますが、拳銃事件で破局を向えてからは詩の世界に永遠の別れを告げ、冒険家、旅行家、商人として、アジア、アフリカなどを遍歴する生活を送り、38歳で亡くなっているからです。
彼の詩風は、自ら感覚を錯乱することによって幻想的な世界を見出し、それを言葉で表現するものと解釈されたりしています。ここで紹介します居酒屋の詩は、ちょっと破廉恥な表現も見られますが、ランボーの青春のさすらいにおける宿り木的なひとこま詩といえるものではないでしょうか。 由 無
参考:堀口大學訳『ランボー詩集』
渡辺一夫・鈴木力衛『フランス文学案内』
「居酒屋みどり」で Au Cabaret−Vert
アルチュール・ランボー
1854〜91年、フランスの北東部生まれ。16歳で詩才を現しパリ、ベルギー、英国などを往き来しながら詩作、特に「酔いどれ舟」は有名。38歳のとき膝関節の滑液膜炎で片脚切断、まもなく死去。
夕べの詩 Oraison du Soir
Arthur Rimbaud