ドイツの文豪ゲーテの戯曲『ファウスト』は、初老のファウスト教授が神にそむき、悪魔メフィストフェレスに魂を売る契約をして、30年若返り、超人的な力を発揮して冒険と享楽の生活を送る。しかし、契約の期限が切れた時に地獄に堕ちるとう物語です。ゲーテはこの戯曲を21歳のときに書き始めて60年後に完成させています。
第一部で、美しい青年の姿に変身したファウストが十代のマルガレーテを誘惑するのですが、彼女が唄う酒の詩があります。愛する妃を亡くした王が、悲しみのあまり遺杯を海に沈めて酒を絶つに至るという歌です。ここはやはり森鴎外の名訳で紹介しましょう。 由 無
参考:『鴎外全集』(岩波書店)
ゲーテ「ファウスト」酒歌
昔ツウレに王ありき。
盟を渝(か)へぬ此君に、
妹は黄金の杯を (妹=妃)
遺してひとりみまかりぬ。
こよなき宝の杯を
乾しけり宴の度毎に。
此杯ゆ飲む酒は
涙をさそふ酒なりき。
死なん日近くなりし時
国の県の数々を
世嗣の君に譲りしに、
かの杯は留め置きぬ。
海に臨める城の上に
王は宴を催しつ。
壮士あまた宮のうち
御座の下に集ひけり。
これを限の命の火
盛れる杯飲み干して、
その杯を立ちながら
海にぞ王は投げてける。
落ちて傾き、沈み行く
杯を見てうつむきぬ。
王は宴の果ててより
飲まずなりにき雫だに。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
1749年〜1832年。ドイツの詩人、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家でもある。主要な文学作品には小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』、詩劇『ファウスト』(韻文)、詩集『東西詩集』 随筆『イタリア紀行』がある。ヴァイマル公国の宰相にもなる。
マルガレエテの歌
Johann Wolfgang von Goethe
森鴎外訳
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BGM:グノー「トロヤの娘たちの踊り」(ファウストより)
MIDI作者:Windy
http://windy.vis.ne.jp/art
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グノー作曲の歌劇
『ファウスト』
西東詩集より
田舎者よ そんなに無作法に
盃を私の鼻先につきつけるのはない
酒を私に運ぶ者は 笑顔で私を見るものだ
でないとコップの中で折角の上酒が濁ってしまう
西東詩集より
可憐の少年 きみはおはいり
何しにきみはそこの戸口に立っているのだ
きみはこれからぼくの酌人になるのだ
酒はいずれも上口で澄んでいる
小牧健夫訳
戯曲『ファウスト』第一部「夕」より
給仕人に
酌人に