何ものでもない、この泡立ち 虚白の詩
ただ グラスを指し示すばかり。
あたかも遠く、人魚が群がって
身を躍らせて沈んで行くよう。
われら海を行く、おお 親しいもろもろの
友らよ、私はすでに艫にあり、
君らは舳、はなばなしくも掻き分ける、
雷と轟く真冬の波浪を。
美しい酔いにさそわれて、
船の動揺をものともせず
私は立って、この乾杯を捧げる、
寂寞、暗礁、北極の星、
われらの帆の真白い悩みを
得させてくれた あらゆるものに。
マラルメ&パンヴィルの酒詩
ステファヌ・マラルメとテオドール・ド・バンヴィルはポール・ヴェルレーヌとともに19世紀後半のフランスを代表する象徴派詩人です。象徴詩とは、直接的な描写ではなく、喚起、連想させるものを提示して、描くものの本質を普遍的に暗示しようとするものです。
また、同時代の作曲家ドビュッシーとの交流もあり、好んで彼らの詩に曲をつけています。ヴェルレーヌの「月の光」、マラルメの「牧神の午後」バンヴィルの「星の夜」などがそれです。
では、以下にマラルメとバンヴィルの酒に託した愛や失恋、友との別れの詩を紹介しましょう。 由 無
参考:村上文昭編『ワイン頌詩集』
マラルメ「乾杯の辞」 (松室三郎訳)
パンヴィル「無敵の女」 (阿部良雄訳)
Stephane Mallarme,Theodore de Banville
この熱い飲みものを作るために
バッカントたちが、勝ちほこって、
黒いぶどうの房を裂いたといっても、
彼女が私の心を裂いたのには及ばぬ。
友らよ、君たちが集まっていま飲んでいるのは
嫉妬ぶかい愛の毒液なのだ、
私の心は砕ける。酔いたまえ、
酔いからこそ詩はほとばしり出る!
この底深い花のさかずきで
不実な女は飲むのが好きだった、
この底には彼女の思い出が残っているから、
気高いぶどう酒よ、底をかくしてくれ!
私は投げこんでしまおう、夢想の数々を、
かつて私の抱いた愛を、
ちょうどむかし、彼女の百合の手が
花ひらいた薔薇を投げこんだように!
禿鷹どもの爪の下で笑うがよい、
傷ついた心よ、彼らの嘴につつかれながら。
女のことで歎こうというのか?
いいや!彼女の恋愛を祝して飲むんだ!
甘酒も苦いかすも飲みほすぞ、
蛇の髪になびかせた復讐の女神よ!
にくしみと狂気とをいちどに
よりよくわがものとするために。
花にかこまれた私のグラスに
もしも燃える涙が一滴落ちたら、
よろめく私の手に手をかして、
私の涙を飲ませてくれたまえ。
まじめくさった口はもうたくさんだ、
たけり立ったバッカントたちに
踏みくだかれたぶどうの真紅の血、
ブルゴーニュ酒が流れあふれた今は。
ステファヌ・マラルメ
1842〜1898年、フランスの象徴派詩人。極めて難解な詩が多いが、マネやルノアールなどの画家との親交もあり、マネとは『半獣神の午後』で豪華本を共同制作。
テオドールド・バンヴィル
1823〜1891年、フランスの象徴派詩人。