中世の酒宴歌謡
南北朝から室町の時代において宮廷に出入りした白拍子や連歌師、猿楽師などの遊芸者によって盛んに歌われ、やがて宴席に列する女中衆にも唄われるようになった小歌ほかの歌謡を収めたのが『閑吟集』です。
当時の流行歌集とも言えるこの書が編纂されたのは、今様集『梁塵秘抄』から約350年後の室町時代末期(16世紀初頭)のことです。当時の庶民の生活感や恋心などが本音で表現され、巫女のような語り口調で謡わているのが特徴のようですが、後の小唄や民謡の源なのです。なお、編者は未詳です。
当集を紐解き、酒を詠んだ小歌など紹介しましょう。 由 無
参考:浅野建二校注『閑吟集』
君を千里に置いて 今日も酒を飲みて 独り心を慰めん
南陽県の菊の酒 飲めば命も生く薬 七百歳を保ちても
齢はもとの如くなり齢はもとの如くなり
(南陽県=中国河南省の県、ここで造られる酒を飲むと長寿を保つ と言われる)
上さに人のうち被く 練貫酒の仕業かや
彼方よろり 此方よろよろよろ
腰の立たぬはあの人のゆゑよなう
(うち被く練貫=頭から被った絹布、練酒貫=博多名産の白酒)
きつかさやよせさにしさひもお
思ひ差しに差せよや盃
(これと思う相手に盃をさす。1行目は逆さ詠み)
赤きは酒の咎ぞ 鬼とな思しそよ 恐れ給はで
我に相馴れ給はば 興がる友と思すべし
我も其方の御姿 うち見にはうち見には 恐ろしげなれど
馴れてつぼいは山伏
(酒呑童子の歌、つぼい=可愛い)
況んや興宴の砌には 何ぞ必ずしも人の勧めを待たんや
(興宴のみぎり=興趣の深い宴のとき)
その他『閑吟集』より抜粋
・世の中はちろりに過ぐる ちろりちろり
・何ともなやなう 何ともなやなう 人生七十古来稀なり
・何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ
・思へど思はぬ振りをしてなう 思ひ痩せに痩せ候
・衣衣(きぬぎぬ)の枕に、はらはらほろほろと 別れを慕うは
涙よの、涙よの
・歌へや歌へ泡沫の あはれ昔の恋しさを 今も遊女の舟遊び
世を渡る一節を 歌ひていざや遊ばん
(西行が、現在の大阪市東淀川区の江口の里で遊女と歌問答を
交わした場面を観阿弥が作ったといわれる謡曲「江口」の一節)
俳句 淀風庵