吟醸抄 
啄木・哀しき酒歌
 石川啄木の歌集『一握の砂』が刊行されたのは明治43年、23歳の時で、ふるさと盛岡での代用教員時代や、新聞の編集者などの苦しい生活を送った函館や釧路の時期を詠った551首が収められています。
 詩人でもある啄木は、短歌を三行書きにしており、日常語を用いた平易な表現によって多くの読者を惹きつけたようです。なかでも冒頭の
「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」は有名です 
 啄木の歌はまさに哀歌であり、泣き上戸のような雰囲気が漂います。例えば「いつも来る この酒肆のかなしさよ ゆふ日赤赤と酒に射し入る」は情景が目に浮かび心に沁みますね。          由 無
参考:岩波文庫『啄木歌集』、新潮文庫『一握の砂・悲しき玩具』、           長沼弘毅『さけのみの歌』ほか
 
 
あわれかの国のはてにて
酒のみき
かなしみの澱(をり)を啜るごとくに

酒のめば悲しみ一時に湧き来るを
寝て夢みぬを
うれしとはせし

出しぬけの女の笑ひ
身に沁(し)みき
厨(くりや)に酒の凍る真夜中

わが酔ひに心いためて
うたはざる女ありしが
いかになれるや

こころざし得ぬ人人の
あつまりて酒のむ場所が
我が家なりしかな

かなしめば高く笑ひき
酒をもて
悶を解すといふ年上の友

若くして
数人の父となりし友
子なきがごとく酔へばうたひき

汪然として
ああ酒のかなしみぞ我に来れる
立ちて舞ひなむ

すがた見の
息のくもりに消されたる
酔ひのうるみの眸のかなしさ
舞へといへば立ちて舞ひにき
おのづから
悪酒の酔ひにたふるるまでも

死ぬばかり我が酔ふをまちて
いろいろの
かなしきことを囁きし人

いかにせしと言へば
あおじろき酔ひざめの
面(おもて)に強ひて笑みをつくりき

さりげなき高き笑ひが
酒とともに
我が腸に沁みにけらしも

酒のめば鬼のごとくに青かりし
大いなる顔よ
かなしき顔よ

いつも来る
この酒肆のかなしさよ
ゆふ日赤赤と酒に射し入る

白き蓮沼に咲くごとく
かなしみが
酔ひのあひだにはっきりと浮く

今日よりは
我も酒など呷らむと思へる日より
秋の風吹く

コニャックの酔ひのあとなる
やはらかき
このかなしみのすずろなるかな
一握の砂「忘れがたき人人」ほかより
『悲しき玩具』より
しっとりと
酒のかをりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。

今日もまた酒のめるかな!
酒のめば
胸のむかつく癖を知りつつ。
何事か今我つぶやけり。
かく思ひ、
目をうちつぶり、酔ひを味ふ。

すっきりと酔ひのさめたる心地よさよ!
夜中に起きて、
墨を磨(す)るかな。
  石川啄木 
友人の若山牧水などに看取られて、肺結核により27歳で早世。
創作句集 
酒の詩歌句集目次
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BGM:はじめてのかなしみ
MIDI作者:konon
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