吟醸抄 
近現代の酒短歌集
 大正から昭和にかけて活躍した歌人の“酒の短歌”を紹介します。
 尾上紫舟氏の作品はどれも笑える短歌であり、渡辺直己氏のは、戦時下における命と背中合わせの飲酒歌で、ほっとしたり、ひやひやしたりします。
 山崎方代氏は口語を生かした作風が特色のようで、俵万智さんに通じるものがあります。戦争で盲目になり、戦後は鎌倉のお寺の掘っ立て小屋らしきところに住んで、酒と歌だけの生活を送っていますが、山頭火や尾崎放哉などに似た漂泊の歌人といえそうですね。
                             由 無
        参考:『日本の詩歌』短歌集(中公文庫)
シャンパンは唇づけに似て唇づけは夜のひびきの名残りにも似て
赤葡萄酒エルミタージュを好みたるニコライ帝の髭の濃かりき
熟すまま来世紀まで寝かしおく葡萄酒千本そして恋人
グラスまわし再び醒ますワインの香醒めよわがうちに香るものあらば
口移されしぬるきワインがひたひたとわれを隈なく発光させる
白ワインはあるかなきかの薄みどりあるかなきかは幸福に似る
三十代日々熟れてあれこの夜のロゼワインわれを小花詰めにす
ロゼ・シャンパンさやさやさやと発泡す生まれる星と死ぬ星の音
眼をとじて聴きおり夜のシャンパンのつぶやきすべて愛にかわる
ビール飲みあっさりアルミ缶潰す今日を捨てたし明日の日もまた
カクテルは「Between the Sheets」うつぶせの背をゆっくりと夏闇に反る
さみどりのオリーヴしびれつつ沈むマティーニまたは冷酷な湖
ダイキリの酔いのふかみに下燃えの心のありか鮮やかとなる
ダイキリ:ラム、ライムジュース、砂糖でつくる中辛口のカクテル
心ふかく人の隣にのむ酒の純米の純は醇にして潤       (松平盟子)

妻となる娘の来る近し飲むならば酒は飲め飲め飲むならば今
よく飲みて世にし出でたる友多し酒を断てとは我言ひ切らず
若きらがつどひ飲む夜の更けぬとも赤き電車に乗りえて帰れ
待つ人は三人とならむ飲みすぎて夜半の塀越すことはとどまれ (尾上柴舟)

禁酒といふさかしらだてにくみせねど平らに酒を愛するは難き
すでにわが節酒の齢到りつつ卑しく惜しむ一杯だにも

わが妻が酒惜しむときにたりにたり汝飲みなと盃持たす    (筏井嘉一)

総攻撃の酒汲みてゐし夜の塹壕に敵退却の報伝はりぬ
支那民族の力怪しく思はるる夜よしどろに酔ひて眠れる    (渡辺直己)

酔ひ酔ひて足袋も脱がずて寝る前のもろくはなりて何言ひしぞも
自らを慰むるごとあかあかと燠(おき)をおこして焼酎を飲む
生活のつきあひの酒飲みてきて路地行けば軒に鮟鱇吊らる
渋谷川の音きこえくる居酒屋にひとりきて酌む北の国の酒   (宮柊二)

酒かもす家の木瓜垣(ぼけがき)いちじるく花燃えにけり雪をしのぎて

梯子よぢてのぞく諸味は荒瀬なす音立て湧けり生ける酒かも
暖気樽(だきだる)を入れてぬくめつ氷蓆(ひむしろ)を巻きて
冷やしつ酒をはぐくむ
蔵びとらの刀自(とうじ)うやまふさまゆかし導かれつつ礼(いや)
返すわれも                      (吉野秀雄)

焼酎の酔いのさめつつ見ておれば障子の桟がたそがれてゆく
呑代をすこしへずっていと小さき赤き財布を求めて来たる
呑代もかせがにゃなるめえしつれあいも探さにゃあならないし
うちうちだから うちうちだからとくり返し碗に盛りたる酒をねぶれる                                     (山崎方代)

一杯の酒をふふめば心から八重山吹の色まさり見ゆ     (中村三郎)

よろめきてゐたる街路樹こんなところにつかまる酔ひどれ我なのか
                            (福田栄一)
創作句集 
酒の詩歌句集目次
俳句 淀風庵
若山牧水讃酒歌(1〜3)
啄木・哀しき酒歌
佐佐木幸綱・俵万智酒歌
吉井勇・酒ほがひ(1〜3)
近現代の酒短歌集
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