佐佐木幸綱の酒歌
著名な歌人で万葉学者の佐佐木信綱を祖父にもつ幸綱氏の酒短歌を勝手に編纂しました。「酒は詩を釣る、色を釣る」とかの言葉がありますが、幸綱氏の歌には酒への深い酔いを通して悲しさや憤りの男気がほとばしっているのを感じます。
なお、私は幸綱氏と、生年と父を亡くした時期、および疎開の経験において共通性があり、また信綱翁と同郷(三重県鈴鹿市)であるので親しみを覚えています。 由 無
参考:現代歌人文庫『佐佐木幸綱歌集』
喉深く熱酣の酒落としつつ腹に沁みゆくまでのしばらく
決して勝たない一生を選びし君の決意美しとして泥酔しおり
酔眼に顕ちて凛凛しき一人よ君は誰?わが恥を見据えて
月下独酌一杯一杯復一杯はるけき李白相期さんかな
のんだくれの男残して吹く風に千年の杉立ちさわぐらし
あずさゆみ春の笑いを笑いつつひたすら酔わん杯上ぐるなり
逃げた女逃げた心よ逃げた詩よ吾飲めば君たちが酔いにき
あかねさす昼から夜へ飲み通す紫陽花の花咲く昨日今日
梅雨空の夜の飲み屋に充実し久々にわれうたう春歌を
酔いて食う枇杷のうまさのしたたりのぬれぬれの唇の紅
雨荒く降り来し夜更け酔い果てて寝んとす友よ明日あらば明日
冷酒を口に含みて読み継げり詩はぐさぐさの死への歩み
かなしみの古歌鮮しき夏の夜を酒波立てて蚊が溺れいる
身の透ける白魚の身をかなしみて酒飲みおれば夜ぞ更けにけり
起きて酔い寝(い)ねて夢中に酒を飲むいづくの春ぞくれぐれの花
あわあわと酒飲みおれば秋の嵐の荒れつつあるか雷ぞ聞こゆる
もつれ合う内部湛えて酒を飲む東に炎(かげろい)の立つ夜明けまで
とどろける闇を抱きて生くるゆえ連日の酒、舌を刺すなり
履歴書に書かざる夥しき日々の夜々の泥酔こそがわが核
妻へ言う言葉に混じる京言葉聞きつつ酔えばふと涙ぐむ
(以下京都にて)
子の寝顔を酔いたる俺にのぞかせて二十歳の時の笑いを笑う
日常の根の枝わかれそれぞれに酒沁ませつつ会話楽しも
『遠ざかりゆく君へ送る歌』より(30代作)
『明日あらば明日』より(30代作、ウイスキーを飲みながら詠む)
『夏の鏡』より(34〜38歳作)
俳句 淀風庵
佐佐木幸綱
1938年東京生まれ、早大大学院国文科卒,著書多数。