若山牧水 讃酒歌
喜志子夫人の歌
にこやかに酒煮ることが女らしき つとめかわれにさびしき夕ぐれ
さびしければ共にすすめて手にもとる 盃なりき泣かんとぞ思う
いよいよ病に冒されて酒を断たざるをえない悲痛な叫びの歌が登場します。また、牧水が銘酒をあからさまに詠っているのも興味深く、喜志子夫人の酒飲み亭主に仕える心境を詠んだ歌と合せて紹介します。
銘酒を讃える
まさむねの一合瓶のかはゆさは 珠にかも似む飲まで居るべし
津の国の伊丹の里ゆはるばると 白雪来るその酒来る
酒の名のあまたはあれど今はこは この白雪にます酒はなし
とろとろと琥珀の清水津の国の銘酒 白鶴瓶にあふれ出づ
酢くあまき甲斐の村村の酒を飲み 富士のふもとの山越えありし
白鳥はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ
幾山河越えさり行かば寂しさの はてなむ国ぞ今日も旅ゆく
いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見む このさびしさに君は耐ふるや
最後に掲げた「白鳥の歌」は、昭和22年NHKのラジオ連続ドラマの主題歌として曲がつけられ、国民的歌謡として歌われた牧水の短歌です。酒とは関係のない歌ではありますが、人生の孤独を自然の景物に託して詠んだ浪漫あふれる牧水の代表歌といえるものです。 由 無
(3)
(しらとりのうた)
この樽のついのしずくの落む時 その部屋いかにさびしかるべき
かえるさや酒の飲みたくなりゆくを じっとはぐくみ居るよ電車に
今もなお心がわけば肘わかず 飲まむとおもふこの酒ばかり
膳にならぶ飯しも小鯛も松たけも 可笑しきものか酒なしにして
酒なしに喰うべくもあらぬものとのみ ゆうがたばかり少し飲ましめ
いつしらず飯喰いのことに心つかう われのいのちとなりていにけり
底なしの甕に水をつぐごとく すべなきものか酒やめおれば
われに若しこの酒断たば身はただに 生けるむくろとなりて生くらん
寂しみて生けるいのちのただひとつの 道づれとこそ酒をおもふに
われはもよ泣きて申さんかしこみて 飲むこの酒になにの毒あらん
妻が眼を盗みて飲める酒なれば あわて飲みむせ鼻ゆこぼしつ
うらかなしはしためにさえ気をおきて 盗み飲む酒とわがなりにけり
足音を忍ばせて行けば台所に わが酒の壜は立ちて待ちおる
おいおいに酒を止むべきからだとも われなりしか飲みつつおもう
やまいには酒こそ一の毒という その酒ばかり恋しきは無し
われはもよ泣きて申さむかしこみて 飲むこの酒になにの毒あらむ
酒やめてかはりになにか楽しめという 医師がつらに鼻あぐらかけり
ついにわれ薬に飽きぬこいし身を 世もあらず飲み死なん
酒ほしさまぎらはすとて庭に出でづ 庭草をぬくこの庭草を (絶筆)
酒無きを悲しむ
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BGM:タイース瞑想曲
MIDI作者:Windy
http://windy.vis.ne.jp/art/
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俳句 淀風庵