吟醸抄 
啄木・哀しき酒歌(2)
才子薄命に終わった石川啄木ですが、たくさん酒歌を詠っているのに驚きます。啄木の短歌の特徴は貧しい青春の彷徨の悲哀かと思いますが、好んで飲んだ酒についても、なにか寂しさ、悲しさがあふれてる、というのはやるせない泣き上戸だったのでしょうか。「我」とか「わが」という語が頻繁に使われているのが目立ちます。
                             由 無
    参考:芝田喜三代『酒』、二戸儚秋『日本酒物語』
       
1.年若き今の夜の我も古への 老いし旅人も賛ふるは酒
2.今日も我盃といふ底のなき 溝に臨みて身じろがずあり
3.酒のむが瑕にてありそのかみの 師のあやまちを今日はわすれする
4.今日もまた酒のめるかな酒のめば 胸のむかつく癖を知りつつ
5.毒のごと夜毎呷りし酒の味その善し悪しを何日か知りにし
6.陶然と酔ひつる人と陶然と 酔いつる人とありしのみなり
7.我あまり酔ひて我を撃たむと身構へしかの友の酔ひも今日は醒めつらむ
8.舞へといへば立ちてひにきおのづから 悪酒の酔ひにたふるるまでも
9.酒のめば刀ぬきて妻を逐ふ 教師もありき村を逐はれき        10. とある日に酒をのみたくてならぬごとく 今日われ切に金を欲りせり  11. 我がどちは心おくべき家もなし手をとる子なし酒壺に枕す      12. こころざし得ぬ人々の集りて酒のむ場所が我が家なりしか      13. かなしめば高く笑ひき酒をもて 悶え解すといふ年上の友       14.白き蓮沼に咲くがごとくかなしみが 酔ひのふるみの眸のかなしさ  15. 悄然としてああ酒のかなしみぞ我に来れる立ちて舞ひなむ      16. 何事か今我つぶやけりかく思ひ目をうちつぶり酔ひを味ふ      17. 我ゆきて手をとれば泣きてしづまりき 酔ひて荒れしそのかみの友   18. わが酔ひはすでに全し死になむと 泣くを聞きつつ海思ふほど     19. さりげなき高き笑ひが酒とともに我が腸に沁みにけらしな      20. 今日よりは我も酒など呷らむと 思へる日より秋の風吹く
  1. 死ぬばかり我が酔ふをまちていろいろの かなしきことを囁きし人
  2. いかにせしと云へばあをじろき酔ひざめの面に強ひて笑みをつくり
  3. 君よいざ死なましかくも我酔ひて 物思ふ人のひざに枕す
  4. 君来らず盃を見てゆふぐれの 海の景色に心すさぶも
  5. 恋を得ず酒に都に二つの恋に 人はゆくなり我虚無にゆく
  6. わが酔ひに心いためてうたはさざる 女ありしがいかになれるや
  7. 白き皿拭きては棚に重ねゐる 酒場の隅のかなしき女
  8. 酒のめば鬼のごとくに青かりし 大いなる顔よかなしき顔よ
  9. 時ありて猫のまねなどして笑ふ 三十路の友が酒のめば泣く
  10. 田も畑も売りて酒のみほろびゆく ふるさと人に心寄する日
  11. 演習のひまにわざわざ汽車に乗りて 訪ね来し友とのめる酒かな
  12. かなしめば高く笑ひき酒をもて 悶を解すという年上の友
  13. 若くして数人の父となりし友 子なきがごとく酔へばうたひき
  14. あはれかの国のはてにて酒のみき かなしみの滓を啜るごとくに
  15. 酒のめば悲しみ一時に来るを 寝て夢みぬをうれしとはせし
  16. 出しぬけの女の笑ひ身に泌みき 厨に酒の凍る真夜中
  17. 舞へといえば立ちて舞ひにきおのづから悪酒の酔ひにたふるるまでも
  18. 酔ひてわがうつむく時も水ほしと 眼ひらく時も呼びし名なり
  19. 十年まへに作りしよいふ漢詩を 酔へば唱へき旅に老いし友
  20. コニャックの酔ひのあとなるやはらかきこのかなしみのすずろなるかな
  21. 赤赤と入日うつれる河ばたの 酒場の窓の白き顔かな
  22. すがた見の息のくもりに消されたる 酔ひのうるみの眸のかなしさ
  23. いつも来るこの酒肆のかなしさよ ゆう日赤赤と酒に射し入る
  24. すっきりと酔ひのさめたる心地よさよ 夜中に起きて墨を磨るかな
  25. 今日もまた酒をのめるかな!酒のめば胸のむかつく癖を知りつつ
  26. しっとりと酒のかをりにひたりたる 脳の重みを感じて帰る
  27. 百姓の多くは酒をやめしといふ もっと困らば何をやめるらむ
  28. 椅子をもて我を撃たむと身構へし かの友の酔ひも今は醒めつらむ
創作句集 
酒の詩歌句集目次
俳句 淀風庵
若山牧水讃酒歌(1〜3)
啄木・哀しき酒歌
佐佐木幸綱・俵万智酒歌
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