若山牧水 讃酒歌
なにものにか媚びてをらねばならぬ如き 寂しさ故に飲めるならじか
酔ひぬればさめゆく時の寂しさに 追われ追われて飲めるならじか
舌づつみうてばあめつちゆるぎ出づ をかしや瞳はや酔ひしかも
酒すすればわが健かの身のおくに あはれいたましき寂しさの燃ゆ
指さきにちさき杯もてるとき どよめきゆらぐ暗きこころよ

口にしてうまきこの酒こころには さびしみおもひゆふべゆふべ酌む
静心しづまりかねつ酒持ちて 秋山さして出でゆくわれは
津の国は酒の国実なり三夜二夜 飲みて更なる旅つづけなん
置かれたる酒杯のさけにもこまごまと 静けき青葉うつりたるかな

酔ひはててただ小をんなの帯に咲く 緋の大輪の花のみが見ゆ
鉄瓶を二つ炉に置き心やすし ひとつお茶の湯ひとつ燗の湯
たぽたぽと樽に満ちたる酒は鳴る さびしき心うちつれて鳴る
とろとろと榾火燃えつつ烟立ち わが酒は煮ゆ烟の蔭に
海哀し山またかなし酔ひ痴れし 恋のひとみにあめつちもなし
酒なくて何が人生か…
居酒屋の榾木のけむり出でてゆく 軒端に冬の山晴れて見ゆ
酔い果てて憎きもの一つもなし ほとほとわれもまたありやなしや
酒の毒しびれわたりし腸わたに あなここちよや泌む秋の風
灯ともせばむしろみどりに見ゆる 水酒と申すを君絶えず酌ぐ
酒無しにけふは暮るるか二階より あふげば空を行く烏あり

秋かぜに日本の国の稲の酒の あぢはひ日にまされ来れ
ただ二日我慢してゐしこの酒の このうまさはと胸暗うなる
旨きものこころにならべそれこれと くらべ廻せど酒にしかめや
いと遠き風もまじりつ戸外なる 落葉聞こえてわが酒ぞ煮ゆ
笹の葉の葉ずゑのつゆとかしこみて かなしみすするこのうま酒を

ふくみたる酒の匂のおのずから 独り匂えるわが心かも
灯赤き酒のまどいもおわりけり さびしき寝に床にかえるべし
わが歌を見むとひとわれのおとろへて 酒飲むかほを見ることなかれ
わが小枝子思ひいずればふくみたる 酒のにほひの寂しくもあるかな
(2)
創作句集 
創作詩集りべーら
淀風庵へのお便り
 酒即生活、酒即人生の牧水が旅の折々や季節の移ろいのなかで口ずさんだ讃酒歌はさらに続きますが、全体を通して、彼の孤独な感情や姿が浮き彫りにされることになります。
 なお、かつて熱愛した小枝子を偲んだ歌も詠まれています。由 無
  参考:岩波文庫『若山牧水歌集』、芝田喜三代『酒』ほか
平成吟醸会メモリアル
牧水讃酒歌(3)
牧水讃酒歌(3)へ
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
BGM:タイース瞑想曲
MIDI作者:Windy
http://windy.vis.ne.jp/art/
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
酒の詩歌句集目次
若山牧水讃酒歌(1〜3)
啄木・哀しき酒歌
佐佐木幸綱・俵万智酒歌
吉井勇・酒ほがひ(1〜3)
近現代の酒短歌集
創作詩集りべーら
淀風庵へのお便り
平成吟醸会メモリアル
短歌
欧州
中東
中国
中南米
米国
民歌謡
粋歌
川柳
古詩歌
韓国
俳句
酒歌つれづれよしな記
坂口謹一郎先生の酒造讃歌