放浪詩人・金笠の酒詩
金笠(キムサッカ)は近世朝鮮の詩人です(1807〜1836年)。
「笠」という名は、いつも笠を日よけ、雨避けのためにかぶって全国津々浦々を放浪したので世間の人が呼んだ俗称です。日本の山頭火のような酒と歌を愛した行乞詩人がすでに朝鮮にいたのです。しかも同じように野垂れ死にしてます。
二百数十編の漢詩を詠んでいますが、有形の詩文集が残っているわけではなく、民衆の口伝(口碑文学)や紙片で残されたものです。崔碩義(チェソギ)編訳注の書から酒に関する七言絶句などを紹介しましょう。 由 無
参考:『金笠詩選』(平凡社東洋文庫)
艱飲野店 (飲むのが難しい路傍の居酒屋にて)
千里行装付一柯 千里の道を行く旅装を一本の杖にたくして
余銭七葉尚云多 残っているお金は葉銭七枚、それでも多いぐらいだ
嚢中戒爾深深在 巾着の中のお前に懐深くにいるように戒めてきたのに
野店斜陽見酒何 陽が傾くころ居酒屋の前で酒の匂いを嗅いでは何としよう
雪 景
飛来片片三月蝶 飛び交う雪の花びらは三月の蝶のよう
踏去声声六月蛙 踏んで歩くと六月の蛙の鳴き声がする
寒将不去多言雪 こんなに寒くてはとても帰れないと雪のせいにして
酔或以留更進杯 酒に酔っては腰を落ちつけ更に杯を進める
秋夜偶吟
……
生来杜甫詩為癖 杜甫は生まれながらにして詩作が病みつきであったし
死且劉伶酒不醒 劉伶が死ぬときでさえ酒の酔いから醒めなかった
欲識吾交契意儕 私と友になる気持があるかどうかを知りたい
勿論清濁謂刎頚 その清濁を論じないのが刎頚の友ではないか
*劉伶:竹林七賢の一人、「酒徳の頌」で知られ、いつも従者にスコップ を持たせ、自分が死んだらすぐその場に埋めよと命じていたという。
自 詠
寒松孤店裡 松の木のそばの居酒屋にて
高臥別区人 枕を高くして横になると別天地の人のようだ
近峡雲同楽 近くの山峡で雲と楽しみ
臨渓鳥与憐 谷川のほとりで鳥たちを可愛がる
錙銖寧荒志 世の中の仔細なことでどうして志を曲げられよう
詩酒自娯身 詩と酒でもって自分自身を大いに娯しもう
得月即帯臆 月をみるとすぐさまにさまざまな思いにひたり
悠悠甘夢頻 悠々とよい夢をむさぼるというわけだ
贈 妓 (妓生に贈る)
却把難同調 はじめは手を払いのけて同調できなかったが
還為一席親 そのうちにかえって親しくなった
酒仙交市隠 酒仙はまちの隠者と付き合っているが
女侠是文人 女丈夫であるあなたは文人だ
大半衿期合 二人はようやく袖触れ合うようになり
成三意態新 月の下で酒をつぐあなたの風情が新鮮だ
相携東郭月 手を取り合って月の見える東の部屋に行き
酔倒落梅春 酔って倒れて梅の花を散らした
*成三:李白の「月下独酌」にある「杯を挙げて明月をむかえ、影に対 して三人と成る」からの引用で月と妓生と自分を意味するようです。
俳句 淀風庵