ハーフィズ愛酒詩
ハーフィズは「コーランの暗記者」を意味する雅号で、本名はシャムス・ウッディーン・ムハンマドです。彼は1326年頃に生まれ1390年に世を去ったペルシャ乱世の時代の詩人ですが、現在、ほとんどのイランの家庭には彼の詩集が備えてあるといわれます。
イスラムの禁欲の時代にあって彼は酒や恋愛を讃美する詩を奔放に詠っており、現世を享楽せよと受け取れます。495篇、どれを読んでも「酒」が出てこない篇はないといってよいほどです。
が、それが真実、何を言わんとしているのか、象徴的な詩でもあり、解釈は さまざまで、難しいようです。酒、女が醸し出す享楽の世界と、信仰の世界や偽善の世界との葛藤を描いているように私には思えます。
たとえば、恋愛詩の中の恋人は、実は神であり、神への切々たる愛を詠っているのであると言う人もいるようです。
よく出てくる言葉:酒、酌人(サーキー)、恋、薔薇、チューリップ、
絲杉(恋人を指す)、花園、微風、断食月(ラマザン)
放蕩児、神秘 主義者、酒場、楽師、恋人、ハー
フィズ(作者の名前、詩中で自分に呼びかけてい
る)、酒盃、酒壺、神、紅の酒、シーラーズの園、
美女、恋人、朝酒、偽善、禁欲
思想的には、ハーフィズは『ルバイヤート』の作詩者オマル・ハイヤームほど、悲観的でなく、象徴、比喩による温和な表現を用いているそうです。 由 無
参考:黒柳恒男訳『ハーフィズ詩集』(平凡社)
いまの世に害なき友はといえば
美酒の一壺と抒情詩の詩集
独りで進め、修行の道は狭い
酒杯を取れ、大切な生命にかけ替えなし
世に無為に飽きるは私だけでなく
学者たちも実行なき知識に倦きている
理性の目でこの騒乱の道を見れば
世も世事も安定がなく、たよりない
美女の巻毛にすがれ、禍福は
金星と土星のせいなどと語るな
心からそなたとの契りを望んできたが
死神が生命の道でわが希望を奪い去る
ハーフィズが素面でいる時はない
彼は永遠の酒に酔っている (45篇)
夜が白み雲の面紗をまとう
友よ、朝酒をくれ、朝酒を!
露はチューリップの面におりる
友よ、酒をくれ、酒を!
花園から天国の微風が吹く
絶え間なく美酒を飲め
薔薇は緑玉の王座を園に据えた
紅玉のように紅い酒を用意せよ
酒場の扉がまたもや閉ざされている
おお開門者よ、戸を開けよ
そなたの唇と歯は、焼かれた心と
胸に対して塩の力をもつ
かかる季節に、酒場を早く閉めるとは
なんという不思議か
天女の姿なる酌人の面を眺め
ハーフィズの如く美酒を酌め (13篇)
恋人の顔がなくては薔薇も楽しくなく
酒がなくては春も楽しくない
野原のほとり、園での散策も
チューリップの頬がなくては楽しくない
絲杉の踊り、薔薇の恍惚も
夜鶯の声がなくては楽しくない
甘い唇、花の姿の恋人といても
口づけと抱擁がなくては楽しくない
知性が描き上げるいかなる絵も
恋人の絵姿がなくては楽しくない
ハーフィズよ、生命は卑しむべき現金だ
恋人に奉げるのには楽しくない (163篇)
朝だ、酌人よ、酒杯に酒を満たせ
天の運りに遅れはない、急いでくれ
この浮世が滅び去らぬうちに
薔薇色の酒の杯でわれらを酔いつぶせ
酒の太陽が酒杯の東から昇った
愉しみの手段を求めるなら眠りをやめよ
天輪がわれらの土で壺を作る日に
必ずやわれらの頭の鉢に酒を満せ
われらは禁欲、後悔の徒でなく、たわ言も言わぬ
清き酒の杯についてわれらと話せ
ハーフィズよ、酒を崇めるは善き行い
起きよ、善行を積む決意を固めよ (396篇)
私は恋の美酒に酔う、酌人よ、酒をくれ
酒盃を満たせ、酒なき宴に輝きはない
月の如き彼女の顔への愛を隠すは正しくない
楽師よ、曲を奏でよ、酌人よ、酒をくれ
わが背丈は輪になった、今後恋敵は私を
この戸口から他の戸口に決して追い払わない
私はそなたの顔に期待をかけ希望を抱く
そなたとの契りの妄想を夢で見る
私はかの両目に酔う、酒盃はいずこ
私はかの唇に病むが、答えてもくれない
ハーフィズよ、美女への想いになぜ心を寄せるのか
渇く者が蜃気楼の揺らめきでどうして満足しよう
(432篇)