陶淵明は東晋時代(365-427)の人で、唐代の李白よりおよそ350
年前の中国の代表的詩人です。また、田園詩人とか自然詩人、隠遁の詩人といわれるように、30代からは役人を辞めて故郷の田園に戻り晴耕雨読の生活を送っています。
淵明の詩には「篇篇酒あり」と言われるぐらいで、百三十首あまり残っている詩のほぼ半数に酒が詠われています。殊に「飲酒20首」は代表作であり、酒に酔いながら心境を詠ったものです。
酒そのものの詩です。しかし、貧乏で好きな酒を十飲めない悲しみの詩句もいくつか詠んでおり、死を想定した挽歌において、「但恨在世時 飮酒
不得足」と一生の悔やみとまで詠っているのです。 由 無
参考:一海知義注『陶淵明』(中国詩人選集)
長沼弘毅『酒のみの歌』
陶淵明・飲酒の詩
飮酒二十首 其三
道喪向千載 道喪びて千載に向(なんなん)とす
人人惜其情 人人其の情を惜む
有酒不肯飮 酒有るも肯(あ)へて飮まず
但顧世間名 但だ世間の名を顧(かへり)みる
所以貴我身 我身を貴うする所以(ゆえん)は
豈不在一生 豈(あ)に一生に在らずや
一生復能幾 一生復(ま)た能(よ)く幾(いくば)くぞ
倏如流電驚 倏(はや)きこと流電の驚(ひらめく)が如し
飲酒二十首 其五
結廬在人境 いをりを結びて人境に在り
而無車馬喧 而かも車馬の喧しき無し
問君何能爾 君に問う 何ぞ能くしかるやと
心遠地自偏 心遠ければ地も自ずから偏なり
采菊東籬下 菊を采る 東籬の下
悠然見南山 悠然として南山を見る
山気日夕佳 山気 日夕に佳く
飛鳥相与還 飛鳥 相い与(とも)に還る
此中有真意 此の中に真意有り
欲弁已忘言 弁ぜんと欲して已に言を忘る
飲酒二十首 其七
秋菊有佳色 秋菊 佳色あり
○露○其英 露にぬれたる其の英(はなぶさ)をつみ
汎此忘憂物 此の忘憂の物に汎(う)かべて
遠我遺世情 我が世を遺(わす)るるの情を遠くす
一觴雖獨進 一觴 獨り進むと雖も
杯盡壺自傾 杯盡き 壺も自ずから傾く
日入羣動息 日入りて 羣動息(や)み
歸鳥趨林鳴 歸鳥 林に趨(おもむ)きて鳴く
嘯傲東軒下 嘯傲す 東軒の下
聊復得此生 聊(いささ)か 復(ま)た此の生を得たり
陶淵明にちなむ句
夏菊や陶淵明が朝機嫌(井上井月)
菊咲けり陶淵明の菊咲けり(山口青邨)
草の戸や日暮れてくれし菊の酒(芭蕉)
菊の香や晋の高士は酒が好き(漱石)
英:花びら 忘憂物:酒の異称
一觴:一杯 獨進:独りで飲む 羣動:すべての物音
嘯傲:束縛から解き放たれた